ムハンマドを小児性愛者呼ばわりしたことが冒涜とされたオーストリアの事件についてのメモ

※あとで追記・修正するかも

 

ある人がムハンマド性的虐待者であると批判した件が話題になっている。

togetter.com

ムハンマド小児性愛者呼ばわりした事件に関しては、欧州(オーストリア)に興味深い例がある。ある女性がムハンマド小児性愛者と呼んだことが冒涜罪にあたるとされ罪に問われた事件だ。

  • 日本語で読める事件の概要

www.swissinfo.ch

 (「言論の自由で許される信仰への中傷」以降に事件の経緯が掲載されている)

 

hudoc.echr.coe.int

 

女性(E.S)が右翼政党のオーストリア自由党セミナー *1で「ムハンマド小児性愛者だ」と発言したことが冒涜罪に問われた事件。

E.Sはこれを不服としたものの、オーストリア国内の裁判で負けたので、最終的に欧州人権裁判所(ECHR)に持ち込まれた。

  

欧州人権裁判所はさらに、誤った事実に基づいた発言は言論の自由から除外されるとした。ここでは、預言者ムハンマド小児性愛者だという発言が「誤ったもの」と判断された。同裁判所は小児性愛が一般的な性的な好みである点を挙げ、歴史的背景を考慮することなしに不十分な事実確認に基づく価値判断が行われたと断定した。

内容的には穏当な判決であると思う。

 

まず、人権には歴史的制約がある程度はあるということを認めた点が、昨今の風潮からすれば注目すべきだ。言い換えるなら、50歳の男性が9歳の少女と結婚することが古今東西問わず一律で小児性愛とされる(そして批判される)ものではないということを欧州人権裁判所が認めていることだ。これは、例えば「風と共に去りぬ」のキャンセル問題に表れているような、現代の価値基準から過去の歴史や文化を見直すことを進める風潮とは距離がある主張である。

 

あと興味深い点として、児童婚と小児性愛の問題を分けている点が挙げられる。現代人は恋愛結婚を前提としているので、性愛と結婚を関連付けてしまうが、判決はその誤りを指摘している。

The court concluded that the applicant had intended to wrongfully accuse Muhammad of having paedophilic tendencies. Even though criticising child marriages was justifiable, she had accused a subject of religious worship of having a primary sexual interest in childrens bodies, which she had deduced from his marriage with a child, disregarding the point that the marriage had continued until the Prophets death, when Aisha had already turned eighteen and had therefore passed the age of puberty

判決は、ムハンマドの児童婚について責めることは正当(justifiable)であるとしている。他方で小児性愛については責めるのは間違いだとしているのだが、その論拠としては、ムハンマドは死ぬまでアイーシャとの婚約を解消していなかったのだが、そのときにアイーシャは18歳で、思春期をとっくに過ぎているのだから、という点を挙げている。

さらに、

without providing evidence that his primary sexual interest in Aisha had been her not yet having reached puberty. Moreover, there were no reliable sources for that allegation, as no documentary evidence existed to suggest that his other wives or concubines had been similarly young. 

思春期前のアイーシャに性的な興味を持っていた証拠がないことや、他の妻は若くなかったことを根拠に挙げている。

 しかしどうもこれは苦しいというか、

According to the court, the common definition of paedophilia was a primary sexual interest in children who had not yet reached puberty. 

判決*2においては「小児性愛」とは思春期前の子供に対する性的関心と定義しているので、この定義に沿えば確かにムハンマド小児性愛者とする証拠はないのだが・・・。

She further contended that she had not used the term “paedophile” in the strict scientific sense, but in the way it was used in everyday language, referring to men who had sex with minors. 

E.S.は「小児性愛者」を厳密な意味ではなく、未成年者とセックスする人という意味で使っていて*3、そういう考え方からすれば、たとえ思春期前にセックスしてなかろうが、18になるまでにやってたら小児性愛者の定義になるわけだ。

 この2つの見解に関して、確かに学術的な定義は裁判所の方が正しいと思うんだけど、科学とはあまり関係ない本件においてその定義が採用される必然性があるのか疑問だし、その「勝手に」採用された定義に基づいてムハンマド小児性愛者でないと判定され、だからムハンマド小児性愛者とするのは不当だとされてしまうのは、E.Sにとっては納得できないだろう。ご飯論法みたいな感じ。

 

最後に、ツイッターで話題になった人が、もし同様に冒涜罪に問われた場合、有罪になるだろうかと言われたら、それはあまり無さそうだという感じがする。この事件の場合、右翼政党のセミナーでの発言ということも判断材料にされていて、それを踏まえて宗教を冒涜するものだという判定がなされている感じだから。他方で今回のツイッターの場合、イスラムを冒涜する流れの中でなされたわけではないことは明らかなので、そこは割り引いて評価されるのではないか。 あともちろん、冒涜罪に問われるかどうかと、イスラム教徒の人々が冒涜に感じるかどうかというのは別問題である。

 

*1:From January 2008 she held several seminars entitled “Basic Information on Islam” (Grundlagen des Islams) at the right-wing Freedom Party Education Institute (Bildungsinstitut der Freiheitlichen Partei Österreichs)

*2:引用したのはオーストリアの裁判所の見解だが、ECHRの判決もこれを踏襲している

*3:我々がいう「ロリコン」と同じニュアンスだと思う